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■散歩マン旅マン、そして、桃

■楽しいことの後、ダメになってしまうことが時々ある。辻仁成さん風に言うなら、「しゃべり過ぎた翌朝 落ち込むことのほうが多い」という感じだろうか。

■そんなに大袈裟なものではなくても、ただ単に体調が優れないというときもある。この週末がまさにそうで、土曜に草野球仲間と下町散策をしながら、せっかくの楽しい時間に襲ってきた頭痛を、首を回したり肩を揉んだりして何とかごまかしていた。いつもは持ち歩いている薬も、この日は忘れてしまっていた。

■翌日も体調が優れず、昼食を食べにいく以外は家でじっとしていた。中途半端な頭痛が、時々思い出したかのようにやってくる。薬は飲まなかった。

■『気づかう、というのは生きていく上で、すべての人にとってそれは重要なことなのだとオレは確信した。』

■大槻ケンヂさんの本「散歩マン旅マン」に、こんなことが書いてある。ガンで亡くなったミュージシャン、池田貴族さんを見舞うため名古屋の病院へと行った際、タクシーの中で読んだファンレターの内容がどれも大槻ケンヂさんの健康を気づかうものばかりで、そう感じたのだと言う。

■頭痛は少しずつおさまってきた。ボッとした頭と体の隅々に、瑞々しい桃の甘さは、ミリ秒単位のはやさで染み渡っていった。気づかう、というのは、それを受ける人をどこまでも心安らかにするものなのだと、俺は確信した。
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